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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)487号 判決

原告 高山暢男こと 申暢男

〈ほか四名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 磯部憲次

被告 畑中陽一郎こと 畑中興一郎

被告 畑中キミエ

右被告ら訴訟代理人弁護士 村部芳太郎

主文

一、被告らは、各自、原告申暢男に対し金五五四、四一六円、原告申君子、同申哲雄、同申孝一、同申裕子に対しそれぞれ金四四九、四一六円および右各原告らに対し右各金員に対する昭和四八年一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四、この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告申暢男に対し、金一、八七三、〇〇〇円および内金一、七四九、〇〇〇円に対する昭和四八年一月七日から完済まで年五分の割合による金員、原告申君子、同申哲雄、同申孝一、同申裕子に対し、それぞれ金一、五二三、〇〇〇円および内金一、三九九、〇〇〇円に対する昭和四八年一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)(事故の発生)

訴外高山貞孝こと呂貞孝は、つぎに述べる一酸化炭素中毒事故により死亡した。

1 発生日時  昭和四七年一一月二〇日夜一二時頃から翌二一日午前八時三〇分頃にかけて。

2 発生場所  札幌市中央区大通西一四丁目所在の、被告両名が経営する旅館「三和荘」一階四畳半客室(以下、「本件客室」という)。

3 被害者   当時就寝中であった訴外高山貞孝こと呂貞孝(以下、「亡呂」という)。

4 事故の態様 亡呂が昭和四七年一一月二〇日右「三和荘」に投宿し、当時換気孔の設備がなかった本件客室において煙突の付いていないポータブル式ガスストーブ(サンヨーガスストーブGHR―一三〇〇型以下、「本件ガスストーブ」という。)を点火したまま就寝したところ、翌朝午前八時三〇分頃一酸化炭素中毒により仮死状態で発見された。

5 結  果  (1)亡呂は、右発見後直ちに中村脳神経外科病院に入院し、同月二七日意識障害の改善を得て退院。

(2)同年一二月四日から同月一二日まで岩内協会病院に通院加療し、同月一三日同病院に入院。その後同月二三日前記中村脳神経外科病院へ転院し、さらに同月二六日つちもと病院へ転院した。

(3)昭和四八年一月七日午後四時五五分、前記つちもと病院において、ガス中毒後遺症疑(嚥下性肺炎)により死亡した。

(二)(責任原因)

被告両名は共同して旅館「三和荘」を営むものであるが、暖房のため煙突のついていないガスストーブを客室において使用するにあたっては、建築基準法二八条二項三項、旅館業法施行令一条二項五号、建設省告示などで定めるところに従って、給気ならびに換気のための設備をそなえなければならない。また仮に客室の構造としては右法令の定める基準を満足するものであったとしても、有効な換気ができないならば、それを可能にする適当な設備をそなえなければならない。

さらに、そのような設備のない客室において煙突の付いていないガスストーブを使用する場合は、酸素不足による一酸化炭素の発生が容易に予見できるのであるから、宿泊客に対し、長時間使用する場合は窓を開けて空気を入れ換えるべき注意を与え、あるいは深夜の使用を禁止してガスの元栓を止めることにより、一酸化炭素の発生を未然に防止し、宿泊客が一酸化炭素中毒にかからぬよう注意する義務がある。

しかるに本件客室には窓のほかに換気孔がなく、他に換気のための有効な設備もなく、また被告両名は被害者である亡呂に対して何らの注意も与えることなしに漫然とガスストーブを使用させ、亡呂を死亡するに至らしめたものである。

したがって被告両名は、本件客室の所有・占有者として民法七一七条一項により、あるいは右に述べた過失によって同法七〇九条、七一一条により、原告らに対し連帯してその損害を賠償する義務がある。

(三)(損害)

1 被害者亡呂の逸失利益と原告らの相続

(1) 逸失利益            金二、三六七、五九三円

(イ) 亡呂の年令、職業、稼働可能年数

年令 死亡時満五九歳

職業 セールスおよび小口金融

稼働可能年数 満五九歳から六六歳まで七年間

(ロ) 亡呂の収入および生活費

収入                 金三、七七二、一〇〇円

(亡呂の実収は確定できないので、昭和四六年賃金センサス第一巻第一表の全産業全女子労働者平均給与額(学歴計)によると、亡呂は、死亡当時五九歳であるからその一年間の収入として金六一四、九〇〇円。六〇歳以降六六歳までの六年間の収入として各一年間につき金五二六、二〇〇円。)

生活費 前記収入の三分の一。

(ハ) 亡呂の得べかりし収入の現価 金二、三六七、五九三円

中間利息控除 ホフマン複式計算法

計算式

(614,900×2/3×0.9523)+{526,200×2/3×(6.5886-0.9523)}

(2) 相続

原告らは亡呂の子であり、亡呂の死亡により同人の右損害賠償請求権を、それぞれ五分の一にあたる金四七三、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)ずつ相続した。

2 葬儀費用             金三五〇、〇〇〇円

原告申暢男は、母親である亡呂の葬儀を行い、その費用として金三五〇、〇〇〇円を支出した。

3 慰謝料            金四、五〇〇、〇〇〇円

原告らは、異国での心の支えであり、特に原告申裕子にとっては生活の主柱ともいえる母親の亡呂を失うことにより、甚大な精神的苦痛を受けた。

その慰謝料としては各自金九〇〇、〇〇〇円、合計金四、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

4 弁護士費用            金七五〇、〇〇〇円

原告らは、昭和四九年四月六日、本訴の提起追行を原告ら代理人に委任し、着手金として金一三〇、〇〇〇円支払い、成功報酬として金六二〇、〇〇〇円の支払いを約し、結局金七五〇、〇〇〇円の出捐を余儀なくされた。

(四)  よって本件事故による損害賠償として、被告両名に対し、原告申暢男は金一、八七三、〇〇〇円およびこれから弁護士の成功報酬を除いた金一、七四九、〇〇〇円に対する亡呂死亡の日である昭和四八年一月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、その余の原告四名はそれぞれ金一、五二三、〇〇〇円およびこれから弁護士の成功報酬を除いた金一、三九九、〇〇〇円に対する前記起算日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因(一)本文中、「により死亡した」との事実は不知。その余の事実は認める。

同(一)1中、「午前八時三〇分頃」との部分を否認し、その余は認める。

同(一)2中、「被告両名が経営する」との点は否認し、その余は認める。旅館「三和荘」の経営者は被告畑中キミエのみであって、被告畑中興一郎はその経営に関与していない。

同(一)3は認める。

同(一)4中、「午前八時三〇分頃」、「仮死状態」との部分を否認し、その余は認める。亡呂が発見されたのは、午前八時一五分である。

同(一)5中、(1)は認めるが、その余は不知。

2  請求原因(二)中、被告畑中キミエが旅館「三和荘」を経営し、本件客室を所有・占有し、本件客室には窓のほかには換気の設備がなかったことは認めるが、その余は否認し、あるいは争う。

3  請求原因(三)は不知。

4  請求原因(四)は争う。

三  抗弁(過失相殺)

本件ガスストーブを点火し放しで就寝することは、火災発生予防上も衛生上も全く常識外のことであって、亡呂にも相当な過失があり、九割以上の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  亡呂が、昭和四七年一一月二〇日、旅館「三和荘」に投宿し、同日夜一二時頃から、窓の他には換気設備のない四畳半一間の本件客室において、煙突の付いていない本件ガスストーブを点火したまま就寝し、翌朝一酸化炭素中毒に罹患した状態で発見され(以下、「本件事故」という。)、直ちに中村脳神経外科病院に入院した事実については、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、亡呂は一時意識障害の改善を得て右中村脳神経外科病院を退院したが、未だ完治することなく、同年一二月四日から岩内協会病院へ通院し始め、同月一三日同病院に入院し、さらに病状悪化により同月二三日中村脳神経外科病院へ再入院し、同月二六日札幌市北ノ沢所在のつちもと病院に転院したが、昭和四八年一月七日午後四時五五分、前記一酸化炭素中毒の後遺症である嚥下性肺炎により同病院で死亡した事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、本件事故と亡呂の死亡との間には因果関係が認められる。

二  そこで、本件客室に「瑕疵」があり、そのために本件事故が発生した旨の原告の主張について判断する。

1  原告は、本件客室が建築基準法等の取締規定に違反している旨主張するので、まず、この点から検討する。

建築基準法二八条二項(≪証拠省略≫により、本件客室が建築されたのは昭和四五年以前と認められるから、昭和四五年法律第一〇九号による改正前のものをいう。但し、その実質的内容は、現行法もほぼ同じである。)は、「居室には、換気のための窓その他の開口部を設け、その換気に有効な部分の面積は、その居室の床面積に対して二十分の一以上としなければならない。但し、適当な換気装置があって衛生上支障がない場合においてはこの限りでない。」と規定するところ、≪証拠省略≫によると、本件客室には、床面積の二十分の一以上の大きさの窓が設置されていることが認められるから、本件客室が建築基準法に違反している旨の主張は当らない。

次に、本件客室が旅館業法に違反している旨の主張についてみるに、同法三条二項は、都道府県知事が、旅館業の営業を許可する場合においては、右許可の申請にかかる構造設備が政令で定める基準に適合することを要求し、同法施行令一条二項五号は、その基準の一として「適当な換気、採光、照明、防湿及び排水の設備を有すること」と規定している。

ところで、換気について、建築基準法の定める要件を満たしている限り、旅館業法施行令にいう「適当な換気の設備」の要件をも充足するものと解すべきである。そうすると、本件客室は、前記のとおり建築基準法に適合するから、右客室が旅館業法に違反する旨の原告の主張は採用し得ない(ちなみに、被告畑中キミエの本人尋問の結果によると、同人は昭和四三年から、知事の許可を得ていることが認められる。)。

2  しかし、不法行為の成否の問題として本件客室の瑕疵の有無を考えるにあたっては、取締法令所定の基準を満たしているか否かとは一応離れて、安全性の面からより具体的に「その物が本来備えているべき設備を欠く」か否かについて検討されなければならない。

(最判昭和三七年一一月八日民集一六巻一一号二二一六頁。最判昭和四六年四月二三日民集二五巻三号三五一頁。)

これを本件についてみると、前記当事者間に争いのない事実、≪証拠省略≫を総合すると、本件客室は四畳半で前記の窓および出入口があるほか、特に換気のための設備はないにもかかわらず、暖房用として煙突のついていない本件ガスストーブが備えられていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで、煙突の付いていないガスストーブが室内の空気を汚染しやすく、適宜換気が必要であることは公知の事実であるが、ストーブが使用されるような時期、即ち寒気の厳しい時に窓を開放し、直接外気を採り入れることを宿泊客に期待することは酷である。深夜ならなおさらである。また、換気のために出入口を開けることを要求することも、宿泊客のプライバシーを守る見地から問題である。

してみると、不特定多数の客の宿泊を業とする者としては、窓に代わるべき何らかの換気設備を備え、宿泊客の生命又は身体に危害を及ぼすことのないよう万全の措置をとるべきであるといわざるをえず、そのような有効な換気のための設備を欠いた本件客室は、その設置・保存に瑕疵があったことが明らかである。

三  被告らの責任

被告畑中キミエが本件客室を含む本件建物を所有・占有していたことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によると、被告畑中興一郎も、被告キミエほか一名とともに本件建物を共有し、かつ被告キミエとともに本件建物に居住して本件建物を占有していることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、被告両名は、民法七一七条一項により、本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があることが明らかである。

四  そこで、被告らの抗弁(過失相殺)について判断する。

宿泊客が旅館業者と宿泊契約を結び、一室を自己専用のものとして使用する以上、ガスストーブのようなその部屋に備え付けられた日常的な設備の使用にあたっては、宿泊客自身が自己の判断でこれを使用すべく、したがって、宿泊客は、あえて旅館側から一々注意されるまでもなく、自己の生命・身体に危害を及ぼすことのないようその取扱に十分注意する義務があるものというべきである。

これを本件についていえば、就寝中客室は密閉された状態になるわけであり、ガスストーブをつけ放しで就寝すれば、一酸化炭素が室内に充満し、それによる一酸化炭素の中毒事故の発生の危険が容易に予見できることを考慮すると、亡呂が、就寝前に本件ストーブの消火を怠り、そのまま就寝したことについては、重大な過失があったものといわざるをえない。

右のような亡呂の過失を斟酌すると、本件事故につき被告らが支払うべき金額は、全損害額の三〇パーセントとするのを相当とする。

五  損害

≪証拠省略≫を総合すると、本件事故により生じた損害および原告らの相続についてつぎのとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  亡呂の逸失利益と原告らの相続

1  亡呂の逸失利益 金二、三二三、六〇三円

(死亡当時の年令)

満五九歳(大正二年八月七日生)

(稼働可能年数)

六六歳までの七年間

(収入)

死亡時より一年間は金六一四、九〇〇円。その後六六歳までの六年間は各一年間につき金五二六、二〇〇円。(昭和四六年賃金センサス第一巻第一表の全産業全女子労働者平均給与額学歴計に基づき算定。)

(生活費)

前記収入の三分の一を相当とする。

(中間利息控除)

ライプニッツ複式方式

(計算式)

(614.900×2/3×0.9523)+{526.200×2/3×(6.4632-0.9523}=2.323.603

2  原告らの相続

亡呂は、朝鮮民主主義人民共和国国籍を有し、配偶者はなく、子も原告ら五名のみで他にいないことが認められる。

ところで、相続に関する準拠法は被相続人の本国法によるべきものである(法例二五条)が、亡呂の本国法はある朝鮮民主主義人民共和国の相続法は、現在その内容を知りえない状態である。よって条理により判断すると、子が第一順位の相続人として相続権を有することは、社会体制の如何を問わず、今日広く認められているところであって、本件においても原告らは亡呂が有していた損害賠償請求権を相続したものと認められる。また、個人の尊厳を倫理的、道徳的基調とする近代社会においては、出生順位により、あるいは男女の別により相続分を異にすることは認められないのであって、本件においても原告らは亡呂の逸失利益を均分に相続したものと認められる。

(二)  原告ら固有の損害

1  葬儀費用      金三五〇、〇〇〇円

原告申暢男は、母である亡呂の葬儀を行い、その費用として金三五〇、〇〇〇円支出した。

2  慰謝料     金四、五〇〇、〇〇〇円

亡呂の生前の人柄、同人が原告らにとって異国での心の支えであったこと、原告申裕子にとっては生計の中心でもあったこと等を考慮すると、慰謝料として原告各自につき金九〇〇、〇〇〇円、合計金四、五〇〇、〇〇〇円を認めるのが相当である。

(三)  以上のようにして、原告申暢男の損害は金一、七一四、七二〇円、他の原告らの損害はそれぞれ金一、三六四、七二〇円となるところ、前記認定の亡呂の重大な過失を斟酌し、右のうち被告らに負担させるべき分は、原告申暢男については金五一四、四一六円他の原告らについてはそれぞれ金四〇九、四一六円となる。

(四)  弁護士費用

弁論の全趣旨から、原告らが原告ら代理人に本件訴訟の提起追行を委任したことが認められるが、本件事案の難易、認容すべき損害額等を総合して判断すると、弁護士費用のうち、被告らに負担させるべき額としては、金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

六  結論

よって、原告らの被告らに対する各損害賠償請求は、原告申暢男については金五五四、四一六円、その余の原告らについては各金四四九、四一六円および右各金員に対する亡呂死亡の日である昭和四八年一月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限りでこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

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